小説

『木漏れ日の中で息をした』水無月霧乃(民話『送り狼』)

「先輩!」
「?」
 誰かの声で俺は意識を取り戻した。目覚めて二秒、俺はどうやら意識がなかったことに気が付いた。そして見上げれば、満点の夜空をバックに葛葉が立っていた。何故夜なんだ。何故葛葉がいるんだ。何故俺は意識がなかったんだ。意識を失う前のことが思い出せず、記憶の糸を辿ってみる。送り狼の跡くらいはないだろうかと、森に入った後の記憶がさっぱりない。
「先輩の家の人から連絡あったんですよ。先輩が返ってこないって。もしかして、と思ってここにきたんですけど」
「あ、ええ? うん、悪い……」
 そういう葛葉の声がいつもより少し高く、それであの葛葉が珍しく焦燥していると分かり、自然と謝罪の言葉が口に出た。さあ帰りましょう、と葛葉に差し伸べられた手を握り、立ち上がる。あの日、迷子になった時のような夜だった。あの時と違うのは、隣に葛葉がいることだった。それだけで、あの日のような不安や恐怖はなかった。自分自身、よくわからないのだが、葛葉がいると安心感を覚える。昔は、もっといろんなことに臆病な子供だったのだが、中学の時葛葉に出会ってから、俺は変わったように感じる。
 カサ、と背後で音がした。その姿を見ていないのに、俺はそれを送り狼と確信した。あの日の送り狼に違いない。再び、俺を守るためにやってきたのだと。振り向こうとした瞬間、葛葉に無理やり肩を掴まれて、前を向かされる。
「見ないで、先輩。お願い」
 葛葉の表情はいつもと何一つ変わっていないけれど、葛葉が俺に何々をするなとかお願いだとか命令だとか、そういう類のものをされたのは初めてだった。その戸惑いからどうして? と聞く勇気もなく、俺は黙って頷いて歩き出した。歩いている間、葛葉はいつものような冗談の一つだって言わず、俺も何か話しかけるわけでもなく、妙な静けさが少し不安にさせる。ただ一つわかるのは、まだ送り狼はいる。俺の後ろを、一定距離を保ってついてきている。それだけだった。
 もうすぐ森を抜ける。送り狼は森の中へ帰って行ってしまうだろう。
「お礼を、言いたいんだ」
 別に葛葉にわざわざ許可を取るようなことではない。ただ、葛葉が送り狼と俺が合うことに対して、何かしら不安を感じているようだったから、言っておかなければ泣いてしまうような、子供をあやすように言い聞かせた。

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