小説

『夢泥棒』伊藤円(『夢占』『舌切り雀』『浦島太郎』『かちかち山』『雷のさずけもの』『はなさかじいさん』等)

 夢泥棒はイルカに掴まった。ほっかむりをした泥棒らしい姿に変わっていた。今度は狼狽えず橋爪も直ぐイルカに抱きついた。少女と、泥棒と、平行に並んで、ぐる、ぐる、泳ぎ回って、橋爪はやはり身体を覆う、粘つくような不快感に堪えるのに精一杯だった。何でもいいから、自分の夢に戻してほしいと思った。
「おい! 聞け! 何もしないから戻せ俺の夢に俺を!」
 うねる海流にのまれながら橋爪は懸命に声を張り上げた。
「うるさい! どっかいけ!」
 ヴー!
 夢泥棒が叫んだ瞬間、聞き慣れたような音が鳴り響き、見上げてみると、パトカーが数台走っていた。海の中をまるで地上みたいに、イルカのスピードよりも速く走っていた。イルカの群れを追い越した先頭の一台の窓が開き、ハットを被ったケツ顎の中年が上半身を出すと、
「ついに見つけたぞ夢泥棒! 止まれ! タイホしてやる!」
 ぱん、ぱん、遮二無二拳銃を撃ちならしながら怒鳴った。
「ああもう全部お前のせいだ!」
 夢泥棒も怒鳴った。
「なんなんだぁ!」
 橋爪も怒鳴った。ぐわん、と身体が大仰に揺れて、反射的にイルカに強く抱きつくと、背中に体温を感じた。橋爪が振り返ると、後ろにはさっきの刑事らしき男が跨っていた。
「お兄さん、捜査へのご協力、感謝しますぜ……」
 刑事はにやり、狡猾そうに笑った。橋爪は一寸事態を理解した気になったが、素直に口を開いた。
「ちょっと、その、説明してくれませんか」
「泥棒が居れば刑事がいる。それはごく自然な事だろう」
刑事は自らの胸ポケットを弄って、一枚の名刺を橋爪に渡した。
「……ドリーム、ポリス」
「そうさ。俺は人々の夢を守るドリームポリス。あいつは中々の手練れでねぇ……。何度も何度も逮捕しているんだ。しかし気がつけば檻を出ていやがる。人の夢の中を行ったり来たりするくらいだ、脱走、侵入、そんなもの朝飯前ときやがる。俺たちも手を焼いていてねぇ。しかし、俺たちも馬鹿じゃない。あいつが逃げ出すその度に、自らの弱点、そして、あいつの弱点を研究し、ついに、捕獲方法を確立した。しかしあいつはそれを知ってか見事に逃げるもんで、俺たちはこの瞬間、追いかけっこ、この瞬間を首を長くして待っていたのさ!」

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