予想に反し少年は溜息をつき、そして、鳥籠から出た。まるで幽霊のように、立ち並ぶ鉄の棒を、身体を捻じりもせずにさっ、とすり抜けた。橋爪は動揺して、その内少年は後ろの森に勢いよく拳を叩きつけた。緞帳は揺れず、その代わりに貫通して、少年が腕を抜くと、ぽっかり穴ぼこが穿たれていた。中には禍々しいような数色の原色の渦が回転して、しゅっ、と途端少年が吸い込まれてしまった。橋爪は余計に混乱したが、みるみる穴が縮まっていくのに気がついて、わけもわからず走り出した。そして穴が閉じ切ってしまうその瞬間、指先に綿菓子のようなものが触れ、しゅうっ、と掃除機で吸われたような感覚が全身を駆け巡った。
「え、どして」
目前には口髭を拵えた黒服がいた。辺りは緑の眩しい大草原だった。涼しい風が吹き抜けて、全身がこそばゆかった。何か、体に合わない空気だった。
「なんで? なにその薬。一緒に来れるって、え? どういうこと?」
口髭の慌てふためいた様子に、橋爪はそれがさっきの少年なのだと察知した。そして同時に、ガツン、と眉間を撃ち抜かれたような閃きを得た。
「それは、つまり、ここは、他人の夢の中ってことなのか?」
「そうだよ! なんでいるんだよ! え、あんた夢泥棒なの?」
「違う、違うって、つまり、お前はドリドリの副作用じゃなくって、それぞれのイメージじゃあなくって、」
橋爪はごくり、唾を飲み込んだ。
「実在するのか!」
「な、なんなんだよもう!」
夢泥棒はまた、走り出した。橋爪もまた、追いかけた。視界の端で一人のおばさんが歌を歌いながら花を摘んでいた。ぱから、ぱから、白馬に乗った容姿端麗の男も居た。今、二人の目が合わんとする瞬間、夢泥棒はその間を通りぬけて、いつの間にか宙に浮かんでいた原色の渦の中に飛び込んだ。橋爪もまた二人を邪魔するように通り抜けて穴に手を伸ばした。しゅうっ、と例の感覚、そして目を開けば今度は海の中に居た。イルカの群れが水中を切り裂き、一人の少年が一匹に跨って楽しそうに笑っていた。
「ああもう、ついてくるなよ!」