小説

『夢泥棒』伊藤円(『夢占』『舌切り雀』『浦島太郎』『かちかち山』『雷のさずけもの』『はなさかじいさん』等)

 自動ドアを潜れば目前の棚には今もなお人気がある『宇宙飛行士になる夢』『魔法使いになる夢』『天才になる夢』といった初期の、イメージに強く依拠するドリドリ1が並んでいた。しかし、その隣の新作の棚には『ローマの休日の夢』『クリスマスキャロルの夢』『ヴィヨンの妻の夢』といった、最近発売された予め冊子を読むことでイメージをある程度操作するドリドリ2が陳列されていた。とはいえ目的は違う。橋爪は、ずい、ずい、奥に進んでいって、18禁コーナーを通り過ぎてお目当ての『昔話シリーズ』の棚に辿り着いた。見回して癖のように『殺生石の夢』という未だ観ていない作品を取りそうになったが、それでアンチドリームシーカーの効能が薄れたら、と何となく不安になって、今日は馴染みのある『舌切り雀の夢』にすることにした。
 帰宅すると橋爪は急いで夕食や入浴を済ませた。イラスト入りの冊子を熟読し、万全の状態で布団に潜りこむと、朝、久留米にもらったアンチドリームシーカーを開けた。海外モノらしく香料臭い味がして、間にドリドリを挟んでやっと飲み干せた。二本も飲んだせいで気持ち悪くなり、夢泥棒も糞もなく悪夢を見そうで厄介な気分になった。舌を切られる雀になってしまったらこれは辛いぞぉ、などと考えている内、ドリドリの薬効は橋爪の瞼をみるみる重く閉ざさせた――。
 まったく酷いもんだ。儂が我が子のように可愛がっていたのは始終見ていただろう。のりを舐めちまったのは悪いかもしれんが、舌をちょんぎることはなかろう。いつからばあさんはそんなに意地悪になっちまったんだろう。あんなか弱い雀を痛めつけて、おまけに追い出すなんて正気じゃない。……いや、そりゃあ家も追ん出ていくのかもしれん。ああ、申し訳なくて、心配で、せめてぴんしゃんと生きとるかだけ知りたいが、いったいどこに逃げちまったんだか。もう儂とも会いたくないのだろうか。しかし一目、その姿を見せてくれんだろか。お前さえ無事でいてくれれば満足なのだ。舌切りすずめ、お宿はどこだ、チュウ、チュウ、チュウ……。
「ヘイじいさん! お宿だったらチュッチュチュー!」
 ああ、きっとこれは雀の声。ああ、あすこに雀の子……や、子供? 半袖半ズボンの夏のような恰好。赤いおうちに門開けて手招きしている……。
「雀のような僕です。またまた今回は随分とメジャーな話選んだね。てか俺思うんだけどさ、最初から大きいつづら選んだらその分お宝出てきたんかね。そしたらばあさんも酷い目にってまあ、どうせ小さいつづらも取りに行くか。どっちにしたって目新しさのない夢だわ」
「……夢!」
 はっ、と橋爪は状況を理解した。夢泥棒。再び、少年が夢を奪いにきたのだ。

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