小説

『夢泥棒』伊藤円(『夢占』『舌切り雀』『浦島太郎』『かちかち山』『雷のさずけもの』『はなさかじいさん』等)

「さ、そろそろ時間ですな」
 ぽん、と刑事が橋爪の肩を叩いた。名残惜しいようだったが頷いて、しかしふと橋爪は気がついた。
「……でも、僕は未だ自分の夢の中にいません」
「大丈夫。なんたってこれは『夢』なんだから」
にこり、刑事は笑った――。

 はっ、と目覚めると、じり、じり、目覚ましの音が耳をつんざいた。反射的にスイッチをオフにして、そのまま手元に引き寄せて見やると朝の七時だった。頭は鈍く、身体は重く、まるで疲れが取れていないようだったが、橋爪は満足だった。上体を起こして見回せば、今回は寝相まで激しかったのか、昨晩飲んだドリドリが床に転がっていた。ベッドを降りて、橋爪はドリドリを拾い上げた。
 ラベルには『夢泥棒との遭遇』。
 もう一度買おう、と橋爪は思った。同じ棚に並んでいて気になった『ゴブリン』や『百一人の侍』も期待できると思った。橋爪はドリドリをサイドテーブルに戻し、冷蔵庫に向かった。ペットボトルを取り出し、ごく、ごく、冷えた水を飲みこみ、中に泡立った水を見て、ふと、ここは現実なのだろうか、と不安になった。身体に違和感はない。水はひんやり胃に落ちる。しかし、あの海の、野原の感触は、まるで夢とは思えなかった……。
 橋爪は不安になったが、冷蔵庫にペットボトルを戻すと買い置きしていた新しいドリドリのパウチパックを取り出していた。「一日一回以下にしなさい」と医師の忠告を想起して悩んだが、結局、ドリドリ6を持ったまま寝室に戻っていた。
 二度寝の時のドリドリは、これまた格別なのだ――。

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