「それからは毎日毎日泣いて暮らしたよ。寝ても覚めても奪われた馬のことばかり。夜中に何か音が聞こえる度に、僕の馬が帰ってきたと叫んで飛んで行って、また泣いて。そんな私を見て母も泣くから、それがまたひどく悲しくてね」
叔父はスーホの肩をぎゅっと握った。
「だから、お前の気持ちも少しはわかるつもりだ。いつでも、何でも相談しなさい」
スーホは俯いた。叔父の思いやりは嬉しかったが、同時にひどく居たたまれなかった。
叔父はまだ幼い五人の子どもを抱えている上に、甥のスーホまで養ってくれている。それなのにツァスを失ってから、スーホは忙しい叔父の仕事を手伝うことすら出来ないでいた。役立たずの自分などいっそ厄介者扱いされる方がまだましだと思うだけに、大きな掌の温もりはスーホの胸に鋭く突き刺さった。
――幼かった日の叔父も、こうして眠れぬ夜を過ごしたのだろうか。絶望的なまでに広く、そして見晴らしのいい大地を恨めしくさえ思いながら、待ち続けたのだろうか。
ぼんやりと夢想に浸っていたために、スーホはそれに気がつくのが遅れた。
遠く暗い地平線に、白い星が光ったように見えた。小さな星は、力なくふらふらとよろめいている。空ではなく草原を進んでくる。
それが星ではなく一頭の白い馬だとわかった瞬間、スーホは駆け出した。
縮こまっていた手足は思うように動かない。冷たい夜気は喉を切り裂き、喘ぐたびに痛みが走る。早く名前を呼びたいのに、ただただ全力で走るだけで精一杯だ。
白い馬もスーホに気がついたのか、よたよたと駆け出そうとしてつんのめった。危ういところで持ち直し、四肢を引きずりながら懸命にスーホに近づいてくる。
そのたてがみを、すらりとした前足を、あの優しい瞳をはっきりと視界に捉え、スーホが痛む胸からその名前を絞り出そうとした瞬間――白い馬はその場にどうと倒れ込んだ。
「ツァス!」
スーホは転がるように駆け寄った。懐かしい愛馬の美しい毛並みは、埃と泥に汚れて汗ばんでいる。見慣れぬ鞍をむしり取ると、新しいそれが馴染まずに擦り剥けた背中が痛々しく、怒りが込み上げた。けれど、胴にも尻にも鞭跡や矢傷が見当たらないことを確認すると、安堵で涙が込み上げた。
きっと昼夜を問わず走り続けたのだろう、ツァスは今にも泡を吹きそうなほど激しく喘いでいる。とにかく水を汲んで来てやろうとスーホは立ち上がり、そこで初めて、ツァスの影にうずくまっている小さな影に気がついた。