小説

『美しい人』澤ノブワレ(『雪女』)

 僕は人を殺してしまったことに混乱するユキを幼いながらに説得し、その問題をなあなあにした。父の死体は庭に埋めて、彼は行方不明になったのだと、自分にもユキにも言い聞かせた。ユキは始めのうちこそ、罪の意識から生きていくことを拒否した。何度も自分の頭を壁や床に打ちつけ、自らの活動停止を促そうとした。その度に僕は泣き喚きながら彼女を制止した。そんなことを繰り返すうちに、いつしか彼女は、僕自身も正確に理解していなかった僕の感情を認識したのだった。そして彼女は、僕の気持ちを受け入れる代わりに、一つの約束を差し出したのである。
 そして僕は、約束を果たすために物語を綴った。あの時彼女の自壊用回路がやり過ごしてしまった出来事を、僕たちの物語として、もう一度認識させるために。その意味するところはもちろん分かっていた。だから僕は何度も何度も止めようとした。全てを白紙に戻そうとした。しかしその度に、ユキがそんな僕の行動を諌めた。諌めて、その後に謝るのだった。「辛い思いをさせてごめんなさい」と。僕は彼女の悲しげに決意めいた表情を見る毎、運命に抗う術がないことを思い知らされて、彼女の膝に縋り付いて嗚咽するのだった。そしてその度に、彼女はその冷たい手で、僕のことを慰めるのだった。

 だだを捏ねる僕の頭を撫でる手が、次第に、不規則に震え始めた。僕はハッとして彼女の顔を見上げる。優しい微笑で隠してきた彼女の苦痛は、限界を迎えつつあったのだ。あれから十余年、本来であればアンドロイドが数年に一度受けなければいけないメンテナンスも、一切受診していない。もし不具合が見つかり、データチェックが行われれば、彼女の犯した罪が白日の下に晒されるのは明らかであろう。プロのメカニックでもない僕が行うメンテナンスには限界があったから、彼女の内部は最早ボロボロであった。その上、彼女の抱えてきた不具合は、僕が考えていた以上に深刻に彼女のことを蝕んでいた。当然といえば当然だ。自らの活動停止=死に値する記憶が、ずっと彼女の中を無限ループしていたのだから。本当に辛い思いをしてきたのは、彼女だった。
 

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