小説

『美しい人』澤ノブワレ(『雪女』)

ツギクルバナー

――本当に、美しい人でした。腰まで届きそうな黒髪は流線形の光輪をまとい、それに覆われた白く、表情の無い顔が、僕の心臓を氷柱のごとく貫き、釘付けにしたのであります。滑らかに、控えめな曲線を描く彼女の体は暗闇にそっと浮かび、その右手に握られた血塗れの凶刃さえ、端麗なる石彫刻のように演出するのでした。僕はその姿に恐怖し、途切れ途切れの白い息を吐き、小便を数滴漏らしながらも、その美しさに、ただただ、魅了されておったのであります。

 僕は物語を書き終え、そっとエンターキーに小指をかける。横に座る美しい人は、ただ優しく微笑んでいた。僕の書いた大げさな表現への恥じらいとか、自分自身の描写に対する謙遜とか、そんなものは一切なく、ただただ、僕をその最後の手順にいざなうために、優しく、優しく、微笑んでいるのだった。

――ユキが僕の家に来たのは、まだ僕が年端もいかぬ小僧で、世界は美しく、楽しいものであると信じてやまなかった頃でありました。物心つかぬ内に母を亡くしましたが、優しい父と二人、男所帯を守っておったのであります。あるいはそれは、僕が母のことを一切知らなかった故かもしれません。父が時折理由もなく狂ったように癇癪を起こすのも、ひとえに僕がした悪戯などが余程悪いことであったのだと信じておりましたし、父は一通り怒り散らしたあとに必ずより一層優しくなりましたから、僕は何の不満も疑問も持たなかったのであります。それに、我が家は非常に裕福でありました。父の事業は順風満帆そのもので、町の中でも右に出る者のいないくらい、資産を有していたのであります。金銭に在り余るほどの余裕があったからこそ、彼女を家に招くこともまた、可能だったのでありましょう。
 

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