小説

『透鳥』生沼資康(『ナイチンゲール』)

 良い天気だった。春は少しずつ夏の輪郭を持ち始め、空は次第に高くなってきた。庭は、少しずつ生命の予感で満ちてきた。どの木からも、様々な鳥の鳴き声がやかましく響いた。
 そこの茂みの中には、何かしら生き物がうごめいているのを感じる。僕は、蛇が堆積層に潜んでないことを祈りながら、念のために長靴をして庭に分け入り入っていく。父がその後をついてくる。
 桜の木の鳥カゴをのぞいてみると、どこからかやってきたブンチョウが棲み着いていた。父にそのことを報告すると、特に何も答えず、また何もない方向を眺めていた。
 その後、透鳥の鳴き声を聞くことはなかった。あの日の出来事も、本当にあったのかどうか、それすらよく覚えていない。
 ただ、この庭がほんの少しでも、祖父の救いになればそれだけでいいんじゃないだろうか。最近はそう思う。
 まだしばらく寒い時期が続く。僕がブンチョウの餌が足りないだろうと思い、小窓に顔を近づけた時、左奥の桜の木の枝が激しく揺れた。そこから何かが飛び立ったように見えたが、枝の隙間から差し込む日の光に目が眩み、僕の目が何者も捕らえることはなかった。
 

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