小説

『透鳥』生沼資康(『ナイチンゲール』)

 結局のところ、僕は父に言うことにした。
「父さん。庭のことなんだけど。」
「ん?」
「庭に、巣箱を置いたんだ。」
 父は僕の顔を見つめた。
 その目からは何の感情も読み取れなかった。怒りも、悲しみも、失望も。朝早く新聞に目を通している時のような目つきをして僕の話を聞いていた。
「そうか。」
 父は、僕と視線を合さず、無表情のまま、ホウレンソウのお浸しに手をつけた。
「2週間前に始めたことなんだ。」僕は続けた。
「そうか。で、いたのか?」
「いや。」
「いなかったのか。」
「代わりに、なんだか気味の悪いものが棲みついていたみたいなんだ。」
「鳥じゃないのか?」
「わからない。鳥なのかもしれない。羽音で近くにいるのはわかるのに、全く姿が見えなかった。そして、低い声でホウホウ、って鳴くんだよ。」
「そうか。」
 父は頷きながら、ホウレンソウの切れ端をつまんでは、置いてを繰り返した。しばらく頷きながら、箸をいじり、ずっと頷いていた。僕は父の言葉をじっと待っていた。そして父は言った。
「ちょっと行ってみるか。」
「庭に?」
「ああ。懐中電灯をもってこい。いや、その前に飯を食べてしまおうか。」
「今から?」
「ああ、今からだ。嫌か?」
「いや。」
「よし、じゃあ、さっさと飯をかっこめ。」
 僕は信じられなかった。今まで、決して庭に立ち入ろうとはしなかったのに。


 

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