「見られてるぞ。」父は言った。
「そこにいるの?」
ケヤキにしだれかかった桜の枝のあたりをグルグルと電灯で照らした後、父は答えた。
「このところ鳴いていたのはあの鳥みたいだな。」
父は声量を落として僕の耳に少し近づいて言った。
「少し、昔話をしてもいいか。あの鳥の話だよ。だが、どこから話せばいいかな。そう、これは今より少し昔の話だ。昔はな、このあたりの地域では身寄りの無い人が死んだらその家はすぐに取り壊されてたんだよ。なぜかと言うと、誰もいない家には妖怪が巣食うなんて言い伝えがあったんだ。空き家から、鬼火が出てくるのを見たなんて話も子供の頃は実際によく聞いた。まあ、どこだって廃墟が増えるとその辺りの治安が悪くなったりするもんだ。それを妖怪の話にして戒めになったんだろうな。」
父は続けた。
「で、だ。壊すのはいいんだがな、瓦礫の中から悲しそうな声がする。家は取り壊されて残骸しかないのに。それも、夜になると鳴き声が聞こえてくる。昼間のうちにその家を調べてみても何も出てこない。だから取り壊された家の人が、悲しくなってあの世から戻ってくるんじゃないのか、そう誰もが思っていた。真剣にそう思っていたんだ。だが実は違うんだ。透鳥が鳴いていたんだ。」
父は左手で桜の枝を撫でて、再び上を向いた。
「あの鳥はな、身寄りのない人の家が壊された時、その瓦礫に巣食うんだよ。それでな、死んでしまったその人の代わりに、家が無くなったことを泣いてくれる鳥なんだ。お前にはまだわからないかもしれないが、身寄りの無い人にはな、家しかないんだ。それが全てなんだ。でも、このあたりじゃそれすら残してやれない。彼らには何も残らない。血を分けた家族も、知り合いも、土地も、そして家も。だから、あの鳥は、その跡地に巣食って、身寄りのない死者の代わりに泣いてあげるんだ。」
父は続けた。