小説

『透鳥』生沼資康(『ナイチンゲール』)

 僕は次の日、巣箱の様子を見に行った。
 フクロウは夜行性の生き物だ。夜は背の高い木の枝に止まって辺りを観察し、昼は小さな巣の中で静かに眠っているらしい。
 それが正しいとしたら、桜の木の巣箱ではフクロウが眠っているかもしれない。
 心を踊らせて足を進めた。層を崩さないように庭に分け入るのも段々うまくなってきた。でも、庭に入っても、すぐには桜の木の場所はわからない。入り口にある2本のツバキを超えると、その先に背の高いケヤキが見える。彼を目印に歩いていけば、必ず桜のもとに辿りつけるのだ。
 桜の木には、まだ虫はついていないようだった。僕はミックスナッツをポケットから取り出して握り締め、巣箱を覗き込んだ。フクロウを驚かせないよう。そっと。影を作らないようにして。
でも、そこには何もいなかった。
 出入口用の小窓は小さくて、中を覗くのは難しかった。でも僕の作った巣箱にはところどころ隙間が空いており、陽光は中の様子をわずかに照らしだした。態勢を変えようと、小窓から顔を離したその時、頬を何かが掠めた。思わず手を振り、のけ反って、バランスを崩して尻もちをつく。
羽音が飛び交った。あまり大きくない鳥の羽音だったと思う。それが忙しなく僕の宙を巡った。まるで桜の木の枝から枝に、飛び移っているようだった。しかし、そんな鳥はどこを見渡しても見つからない。いや、そもそも今日は鳥の姿を一羽たりとも見かけていないじゃないか。だ。
 僕は暫く座り込んだまま、その中空を眺めていた。
 低い鳴き声が世界の時を再び動かすまで。ホウホウ。
 その声は、反響し、拡散し、いつしか庭そのものになった鳴き声は、次第に僕のどこか深い部分に直接響いてきて、心臓の音ときっちり重なり合ったのを感じた。

 僕は、そこから走って逃げた。家についた時、握ったままだったミックスナッツは汗でじっとりと湿っていた。


 

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