小説

『桜桃の色の朝陽』柿沼雅美(『桜桃』太宰治)

 えれなを抱きながら布団のそばへ寄ると、聡史がだらしなく転がっていた。子供よりも親である自分の睡眠のが大事と思っているとは考えたくないが、えれながぐずって一緒に寝れなかったからなのか壁に寄り添うようにして寝息を立てている。私は聡史から遠いところにえれなを寝かせ、泣かないよう背中をとんとんと撫で続けた。かわいいと思う。それはまだ若い女の子たちがカワイイものを見てカワイイ、というのとは全くもって異質な感情でかわいいのだ。
 きっと子供より親のほうが弱いのだろう。子供の言動ひとつで親の心がぐらんぐらん揺れてしまう。この子がしゃべれるようになったら、それよりも少し成長したら、思ってくれるだろうか。自分よりも子供が大事、と言う私に、子供より親が大事と。親が大事と思いたい、と。
 まだ明日の用意も洗濯物をたたむこともできていない、寝てはいけない寝てはいけない、とえれなを寝かしつけながら私も横になった。

 頬を叩かれてハッとした。ゆっくり目を開けると、えれなの手のひらが顔にかかっていた。その向こうでは聡史がいびきをかいて大の字になっている。二年前とほとんど変わらない姿に少し安心した。寝ちゃったのかぁ、と思いながらも目覚ましが鳴っていないことに気づいて、そのまま起き上がらないことにした。テレビからは今日の占いが流れているのが聞こえる。聡史は3位、私は5位、えれなは1位だ。
 今日は晴れてるんだなぁと体をもぞもぞさせながらベランダを見ると、まだ熟れていない桜桃の色に似た黄色味がかった朝陽が差し込んでいる。あぁ、桜桃の中には朝陽も夕陽も詰まっていたんだなぁと寝ぼけた頭で思う。
 隣のリビングには窓から陽が伸びて、フローリングに転がった桜桃を包んでいた。小さく赤い丸みを帯びた表面がキラキラとして見えた。片づけなきゃ、と深呼吸をすると、隣で寝ころんでいるえれなから、私の大好きな甘酸っぱい匂いがした。
 

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