五歳の冬。母が病院に行っている間、父と二人で留守番をしていた僕は一人はしゃいでいた。もうすぐ生まれる予定だったきょうだいについて、僕なりの希望を夢中で話していたのだった。
「僕な、僕な、サンタさんに、弟下さいって頼むねん! もう名前も決めてるねん」
「プレゼント感覚かいな。名前は勝手に決められてもなぁ」
「ええやんか、サンタさんならきっと聞いてくれるもん。まさき、って言う名前にするねん。ちゃんと靴下に手紙いれとくねん」
クリスマスが出産予定日だった。あの日、母は病院に行く途中で不正出血し、そのまま緊急入院。そして流産したのだ。泣いている母の後姿を、ぼんやりと憶えている。幼いながら、もう二度と僕には弟が出来ないことがわかり、その日以来そのことを口にしたことはない。
――父は、あのときの会話を覚えていたのだろうか?
手紙を封筒にしまいながら、僕はあらためて部屋をぐるりと見渡した。
薄汚れ、端が少しはがれかけた壁紙や、黄色く日に焼けてしまった畳。整理されすぎて、がらんとした食器棚。ハンガーにかかっている毛玉だらけの上着。
夕方の色に染められた、静かすぎるこの部屋のものすべてに、父の寂しさがしみ込んでいるように思えた。深く息を吸い込むと、かすかに脂じみた男の匂いがする。
感情の蓋が開き、僕ははじめて声をあげて泣いた。