小説

『長靴に入った猫』卯月イツカ(『長靴をはいた猫』)

 頼む、といえば、心残りが一つ。猫の雅樹のことや。今は外で放し飼いにしてるが、あれは俺の猫や。出来たら、あれの面倒をみてやってほしい。
二年前のクリスマスの日、ベランダに干してあった長靴の中で昼寝しとったのが雅樹や。餌をやったらようなついて、それからは毎日毎日、当然のような顔してうちに餌を食いに来た。俺も寂しかったし、クリスマスの日、ちゅうのがなんかプレゼントみたいに思ったから、「雅樹」って名前をつけて、そこから飼いだした。
 雅彦。母ちゃんが死んで、俺も死んでしもうたら、お前は一人になる。兄弟を作ってやれんかったことを、今ほど悲しいと思ったことはない。お前が結婚してるんなら良かったんやけど、そんな気配もないな。
 お前が猫を好きかは知らん。けど、俺がそうやったように、猫は寂しさを埋めてくれるんちゃうかと俺は思う。それは勝手な思い込みやけど、雅樹をお前に譲りたい。そしてちゃんと大事にしてやってほしい。出来ればこの最後の願い事を聞き入れてくれることを望む。 父より』 

「ほんま、勝手な願い事やな……」
 手紙を読み終わり、僕は思わず呟いた。

「大体がクリスマスプレゼントは、長靴やのうて靴下に入ってるもんやろ」

 関西人の性として突っ込みをいれた瞬間、忘れかけていたことを思い出して、僕はハッとした。この部屋での父との会話が、ストーブの暖かさや、そのときの部屋の匂いなどと共に、鮮やかに蘇る。
 

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