小説

『長靴に入った猫』卯月イツカ(『長靴をはいた猫』)

 僕が黙り込んでしまったので、彼女はこう提案してきた。
「あの、しばらくはいろいろ忙しいでしょう? よかったら、その間うちでまさきのこと預かってもいいですか。というか、ぜひ預からせてほしいんですけど」

 彼女の気遣いがとてもありがたく、僕は頭を下げることしかできなかった。

「すみません、助かります。父のことがひと段落ついたら、どうするか考えますんで。連絡先もお渡しします」

 とりあえず、父の家に置いてあった猫缶やトイレの砂などを彼女の家まで持っていき、何度も礼を述べ、僕の連絡先を渡してからまた部屋に戻った。疲労感に襲われ、ネクタイを緩めながら床に座り込んだ。時計の秒針の音が部屋に響いている。おそろしく静かだった。

 ふと先ほどの手紙の存在を思い出し、立ち上がって机に手を伸ばした。きちんと封がされているのを破り、中から便箋を取り出す。手紙は縦書きで、父らしい飾り気のない言葉で綴られていた。

『雅彦へ。 お前に初めて書く手紙が、最後の手紙になってしまうことを残念に思う。病気のことを言うべきか迷ったけど、結局よう言わんかった。辛気臭いのはかなわんし、迷惑もかけたない。薄情やとは思うが、堪忍してくれ。
 とはいえ、死んだら片づけとかで結局お前の手を煩わすやろう。出来るだけの始末はしていくつもりやけど、でけへんかったことは頼む。
 

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