小説

『傘売りの霊女』香城雅哉(『マッチ売りの少女』)

「飛べる?」
 母親が子供の頭に優しく手を乗せた。
「そういえば、この子ある絵本が大好きだったんです。鳥のように空を飛びたい少年がある老人と出会うんです。老人は一本の傘を渡すんです。そして、指をパチンと鳴らすと、どこからともなく風が吹いて、少年が空を舞うという物語でした。この子にとって傘は夢を与えてくれるものかもしれませんね。お爺さまは人に夢を与える人間になってほしい願いがあったのかも」
 傘は夢を与える。考えたこともなかった。
 次の瞬間、私は体が軽くなったように感じた。いつでも空を飛べそうな感覚だ。最後に残っていた一本の傘が勝手に浮き上がると、私の目の前で止まった。上下にゆっくりと揺れていた。
「わあ」
 子供が目を輝かせている。
 私は自然と傘の柄へと手を伸ばした。
 どこからともなく風が吹いてくる。
 全身が傘と共に空へと舞い上がった。
 みるみるうちに人や建物が小さくなっていく。
 ふと、どこからか祖父の言葉が舞い降りてきた。
 いつ言われたのか思い出せないが、私の色褪せたの記憶の中に残っている言葉だ。
「傘という文字は人という文字が四つ入っておる。傘は一人じゃ作れん。たくさんの人の助けを借りて作る。そして、出来上がったら、たくさん人を助けるんじゃ」
 私は空の中に溶けていった。
 

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