小説

『救われた人魚姫』あべれいか(『人魚姫』)

 まだ章吾と出会って間もない頃の話。
「髪伸ばさないの?」
「うーん、特に予定は無いかな。」
 図書室で一緒に本を読んでいた時、唐突に投げられた質問に返答を返す。
「へー。短いのもいいけど、長いのも似合うよね。」
「そう…かな?」
 私は中学まで伸ばしていた長い髪を、高校に入学する少し前にバッサリ切った。いわゆる“イメチェン”というやつだ。ただ、この時、章吾が「長いのも似合うよね。」と言ったことに少しだけ違和感を持ったのを覚えている。
 章吾と出会ったのは高校に入ってからだから、髪の短い私しか知らないはずだ。きっと「似合うだろうね。」と言い間違えたのだろうと一人で勝手に納得して、その場では話を流した。

「ねぇ、今日なんか元気なくない?」
 章吾は私の髪の毛からスッと手を離すと、ジッと瞳を見つめた。
「何かあった?」
 私を射抜くまっすぐな視線に、瞳が揺れる。きっと隠しごとをしたって、章吾の前では、すぐにバレてしまうのだろう。なんだかやるせないこの気持ちを一人で抱えるには少し重たくて、ちょっとだけ吐き出してしまおうと思った。昨日、未央から聞いた話や入学試験での出来事、そして、昨日たまたま見つけた『人魚姫』の話が自分と重なる気がして、自分の行動力不足が招いた結果に悲嘆したことを全て章吾に話した。
「あ、別に未練があるわけじゃないよ。」
 今さら、結城君とどうこうなろうなんて思っているわけじゃない。それだけはちゃんと分かってほしくて、強調した。
 私の話に時々相槌を入れながら、静かに聞いていた章吾。少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「でも、それは王子が悪いって。」
「へ…?」
「あー、『人魚姫』の話。」
 私の『人魚姫』の解釈に章吾なりの不満があったのだろうか。未央と結城君たちの話は完全にスルーで、章吾は『人魚姫』の話を始めた。
「勘違いとかありえねーだろ。本当に好きだったら、絶対に間違えないって。」
「…いや、でも、王子様は意識朦朧としてたわけだし…。」
 溺死寸前に一度瞳に写した女性の顔を覚えておけ、というのは無理がある気がする。王子様が再び人魚姫を見た時、命の恩人だと気が付かないのも、私は仕方ないと思う。
 

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