小説

『救われた人魚姫』あべれいか(『人魚姫』)

「あ、未央だ!」
 目に留まったのは、結城君の隣で幸せそうに笑う未央の姿。“最初は勘違いからだけど、一緒に過ごすうちに未央自身のことを好きになった”という言葉を思い出す。
 それはきっと王子様も同じだったのかもしれない。きっかけや出会いはどうであれ、一緒に重ねた時間の中で、王子様はその娘自身のことを好きになって、結婚に至ったのだと思う。
 そんな2人に後から「あの時助けたのは私よ!」と人魚姫が躍り出ても、王子の心は動かないだろう。たとえ言ったところで、「そっかそっか。あの時はありがとね。」と、お礼と褒美をもらって終了だ。もしかしたら、人魚姫自身も自分に勝ち目がないこと、もう手遅れであることを分かって海に飛び込んだのかもしれない。
 行動力も大事だけれど、重要なのはタイミング。もっと早く王子様に「私が命の恩人です。」と伝えていれば、何か違ったかもしれない。でも、同じ切り札であっても、時と場合で効力は違う。早くに切っていれば効果抜群だったはずのものでも、時間が経てば、札は縒れ、色褪せる。タイミングも含め、それが運命というものなのだ。
「わっ!」
 風に舞った砂埃が窓から入り込む。目に痛みを感じて、少し涙が出た。目を少し擦った時、扉が開いた。
「泣いてんの…?」
 そう問うのは、聞きなれた低い声。心なしか少し焦ったように見える章吾は、私の方へと向かって歩いてきた。
「どうした。」
 そう言って、章吾は私の瞳をのぞき込んだ。その声が優しくて、見つめる瞳が温かくて、とてもとても安心した。ああ、懐かしい。
「ふふ。目にゴミが入っただけだよ。」
 自然と笑みがこぼれた私を見て、章吾は安心した表情を見せた。窓から吹き込む風がカーテンを優しく揺らす。
 

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