小説

『救われた人魚姫』あべれいか(『人魚姫』)

「は、はい、もしもし。」
「風香?」
 慌てていたため、ディスプレイに表示された着信相手をきちんと見ていなかった。きっと未央からだろうと思っていた私の耳に聞こえたのは、低音の落ち着いた声。
「あ、章吾か。」
「なに慌ててんの。」
 出だしに噛んでしまい、電話越しにも私の動揺が伝わってしまったようだった。電話口から章吾がふっと笑うのが聞こえる。
「ちょっとビックリしちゃって。どうしたの?」
「あー、借りてた本返そうと思って。明日も図書室来る?」
「うん、もちろん。」
 そう返事を返すと、章吾は「そっか、待ってる。また明日な。」と言って電話を切った。

「よしっ!本棚の整理しようかな。」
 電話が切れた後、夕食前に母に言われたことを思い出し、部屋の一角を占領する本棚の整理を始めた。幼い頃からたくさんの本を買い与えてくれた父は、本棚もとても大きなものを買ってくれた。横に広いだけでなく、奥行きの深い造りになっていて、図鑑や辞書など大きな本でも悠々に入れられるスペースがある。でも、そんな大きい本棚なだけに、整理をするのには少し時間がかかってしまう。
 地道に、残したい本と寄付してしまう本とを分類分けしながら、ふと章吾のことを思う。
 章吾は隣のクラスの生徒で、未央のクラスメートだ。人目を惹きつけるその容姿から、隣のクラスの王子様的存在として私のクラスまで噂が届いていた。そして入学当初、「カッコいいカッコいい。」と未央がお熱を上げていた人。クラスも違うし、本来ならきっと関わりも無かったはずの章吾と私は、今では放課後よく一緒に帰ったりする仲だ。そうなったきっかけには、未央とも少し関係がある。

 私は以前、結城君のことが好きだった。そう、いま未央の彼氏である結城君だ。

 入学式の日、式が終わった後、生徒は各自自分のクラスの教室でホームルームを受ける。座席は男女混合の名前順で、結城君は私の後ろの席だった。
 

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