小説

『救われた人魚姫』あべれいか(『人魚姫』)

 でも今思えば、いくら声が出ないからと言っても、王子と娘が結ばれる前に“私が命の恩人です。”と伝える方法はいくらでもあったのではないだろうか。
「結局、人魚姫様の行動力不足が招いた結果なのかな。」
 そうつぶやいてハッとする。なんだか今の自分の状況と少し重なる気がした。
 結城君は未央を私だと勘違いした。私は人魚姫と違って、命が懸かっているわけじゃないし、人魚から人間になるまでの過程もいらなければ声だってあって、伝えるチャンスや時間はいくらでもあった。要は人魚姫以上に行動力不足だったのだ。
 人魚姫の絵本をパラパラめくりながらベッドに寝転がる。
「あぁ、これそういうお話なんだ。」
 子どもの頃に読み聞かされる本には、大抵の場合、大人が子どもに伝えたい教訓が隠されている。その解釈は人によって様々だ。
 そして今、私が人魚姫から得た教訓は、“行動力大事”ということ。自分の働きかけで結果はまた違うものになる可能性は十分にあるのだ。いつ嵐が来るかも分からない海で、「いつか結城君に見つけてもらえるだろう。」と、ぷかぷか浮いているだけだった過去の自分に憐れみさえ感じる。
 しばらくの間、私はベッドの上で人魚姫の絵本を手に、天井を眺め、悶々と思考を巡らせていた。

 翌朝、目を覚ますと、携帯に未央からメールが届いていた。「目が腫れてコンタクト入らないから、今日は学校休むね。」という未央らしいメールに、ちょっとだけ苦笑い。
 私はいつも通り学校へ行き、授業を受けて、いつも通りの放課後を迎えた。いつもと違うのは、心臓に一枚膜が張ったような、このモヤモヤ感。ホームルームの後、鞄を持って図書室へと向かう。扉を開けると既に章吾がいて、私に気が付くとやんわりと微笑んだ。
「これありがとう。」
 前の席へと腰かけた私に章吾が差し出したのは、私が先日貸した本。
「すっげぇ面白かった。」
 楽しそうに感想を述べる章吾と、その本についていくつか会話を交わす。
 ふと章吾の手が私の髪に伸び、指ですくった。
「髪伸びたね。」
「そうかな?」
 近い距離に少しだけ早まる鼓動。静かな図書室に、自分の心音が響きそうで怖くなった。
 章吾はたまに私の髪の長さについて言うことがある。
 

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