図書室の扉を開けると、案の状人の姿は見当たらず、机に突っ伏して心置きなく泣くことができた。埃っぽいようなカビ臭いような空間の中で、窓から差し込む夕日の光がより一層寂しさを浮き彫りにさせた。開け放たれた窓からは春の風が吹き込み、カーテンをゆらゆらと不規則に揺らしている。
初めての失恋に立ち向かうには、まだ受身の方法さえ知らなかった私へのダメージはとてつもなく大きく、心臓にガラスの破片が刺さったかのように胸がズキズキと痛んだ。止めどなく溢れる涙に、「私、このまま干からびちゃうかもしれない。」と、思った矢先、ガラッと扉が開いた。
「え…?」
その時、図書室へと入ってきたのが章吾だった。反射的に顔を上げて、扉の方へ送った私の視線と章吾の視線が一瞬だけ絡み合った。まだ章吾とはお互いに面識が無く、“隣のクラスの王子様”という情報しかない中、私は泣き腫らして真っ赤になった目を見られるのが恥ずかしくて、咄嗟にうつむいた。
「泣いてんの…?」
先に話しかけてきたのは章吾の方。章吾は持っていた本を返却ボックスに入れて、私の方へと向かって歩いてきた。
「どうした。」
そう言って、章吾は私の瞳をのぞき込んだ。その声が優しかったからなのか、見つめる瞳が温かかったからなのか、弱った私の心に少しだけ柔らかな風が吹いた。必死で堪えていた涙が再び洪水のように流れ、肩を震わせた。章吾はそんな私のそばにずっと居てくれて、それだけで私はなんだか心が温かくなった。
それが、私と章吾の初めての出会いだった。後から聞いた話によると、あの日章吾は友達に本の返却を頼まれて、偶然図書室に立ち寄ったそうだ。それからというもの、章吾は放課後、頻繁に図書室に顔を出すようになった。そして、幾度も図書室で会話を交わすうちに、いつの間にか下の名前で呼び合うほど仲良くなった。
だんだんと章吾の存在が私の中で大きくなっていくにつれて、あの日感じた胸の痛みは自然と消えていった。