「よろしくね。」
そう微笑む彼を見て、私はすぐに入学試験の日に隣に座っていた彼だと気が付いた。そのことを彼に伝えようとした瞬間、ガラッと扉を開けて、担任の先生が教室に入ってきた。なんだか間が悪くて、私は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
ホームルームが終わってから、入学試験の日のことを結城君に伝えようとしたけれど、彼の方は私に気が付いていないようだったし、やっぱり言うのをやめた。そしてその後も、私が入学試験の日について言及することはなかった。
学校が始まってから、私と結城君は座席が前後ということもあって、すぐに仲良くなった。結城君は少しおっちょこちょいだけど、とても優しい人で、私が結城君を好きになるのにそれほど時間はかからなかった。
しばらくして学校にも少し慣れてきた頃、未央と一緒に下校している途中、たまたま結城君と遭遇し、私は彼に軽く未央のことを紹介した。私はこの時のことを、すぐに後悔することになる。
「私、結城君と付き合うことになったの!」
未央がそう言ったのは、青い風が吹く五月の初めの放課後のこと。暖かな日差しが差し込む教室で一人、冷水を浴びせられたようだった。
「これから結城君と一緒に帰るんだ。じゃあ風香、また明日ね。」
「え……あ、うん。ばいばい。」
あまりの衝撃で一瞬硬直状態になってしまった私を、未央が不審に思うことはなく、満面の笑みを私に残して廊下を走って行った。長い髪が揺れるその後ろ姿をただただ見つめ、私はその場に呆然と立ち尽くした。
どれくらいの時間そこにいたのだろうか。日が傾きはじめ、空が赤く染まる頃、私は導かれるようにして図書室へと足を運んだ。この学校の図書室は利用者が極端に少なく、かろうじて昼休みには人がまばらにいる程度で、放課後になると全くと言っていいほど人影は無くなる。たくさんの本を抱え込んだこの図書室は、私にとっては宝の山で、この高校に入学するにあたって決め手となった一つでもあった。