小説

『たぬきと小判』山波崇(『ぶんぶく茶釜』)

 五郎じいさんの気持ちが狸に伝わっていたのであろうか。
 毛布の中からじいさんを見るたぬきの目に涙があふれだしていた。
「じいさん、ありがとう。じいさんの気持ちは痛いほどわかった。でも、俺たちたぬきには人間を化かし欲しいものを得るという掟があるんだよ」
 人間を化かす、そのことがたぬきの世界の掟だったのである。掟は守らなければならない。人間との長くて厳しい戦いが掟をつくったともいった。
「じいさんも知っているだろう。ぶんぶく茶釜のはなしを……茶釜に化けたあのたぬきは、七代前のご先祖様だった。茶釜に化けたばっかりにえらいやけどを負っちまったけどな」
たぬきがいうに、たぬきは生きていくために、精魂込めて人間をだまし続けてきたという。葉っぱを小判に変え、その姿をきれいな娘や若い男たちに変え、人間から必要なものを化かし奪い取り続けてきたという。
「だがな聞いてくれ、今の若いもんときたら森の奥深くに逃げ込み、人間に戦いを挑む気力もない。わしは見せてやりたかった。やつらに、たぬきが持っている力というものがどんなのもか……」
しかし、年老いたたぬきにはもはやその力は残っていなかった。小判になりそうな葉っぱを探し、姿を変えるため熊笹や木の枝で変身を願ったが、かなわぬ願いであったという。
「笑ってください、じいさん。これが小判といえますか」
そういって、たぬきが差し出したくぬぎの葉っぱは虫の食いあとだらけであった。とても小判と呼べるものでないことは五郎じいさんにも一目でわかった。しかし、五郎じいさんはその葉っぱを手にとるといった。
「これは小判だよ、たぬきさん。黄金色のこの輝き。正真正銘、小判に間違いない、まちがいない。こんなに光っているじゃないか」
と、大切そうに、ポケットにしまい込むと、
「今日は、この小判でわしが持ってきたもんを売ってやるよ」
と、いうと、もってきた干した魚とくだものを、たぬきの前に置いて、裏山を降りていったのであった。
 

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