小説

『たぬきと小判』山波崇(『ぶんぶく茶釜』)

「じいさん、じいさんの気持ちは本当に嬉しいよ。でも聞いてくれ。俺たちたぬきの世界には厳しい決まりごとというものがあってな。病気だからと言っておいそれと人間の恩義は受けられない。決まりごとは決まりごと破れんのだよ」
 たぬきは五郎じいさんに、辛そうにそう訴え掛けたのであった。
「そんなわけで、持って帰ってくれ。たのむから」
と、断るのであった。そう言われても五郎じいさんはあくる日も、また、たぬきのもとに食い物を運んでいったのである。
「たぬきさんの世界には、厳しい決まりごとがあるっていうことはわかったが、体のことを考えるとな……我慢できずに、持ってきてしまうんだよ」
「ありがとう、じいさん。それでも決まりごとは破れんでな」
と,断り続けるのであった。
 しかし、たぬきは一日ごとに息遣いもあらくなり、話をするのさえ苦しそうに見えた。それに、たぬきの目は常に五郎じいさんが運んできた食い物に向けられ続けてもいたのである。
(何かはわからんが、わしら人間にはわからぬ、厳しい決まりがあるんだろう。そのことはそのこととして、それでも助けてやりたいもんだ)
 吾郎じさんは真剣に思った。いつしかたぬきが自分の子供のように思えてならなくなっていたのである。むかし自分の子が病気にかかった時のことが思い出されてきていてもいた。
「ちっちゃな頃は、子どもたちもよく病気にかかったもんだ。熱を出したり、腹をこわしたり、心配で夜眠れんこともあったっけ」
そう思うと自然とたぬきの額に手が伸びた。熱があった。高い熱が感じられた。
 たぬきは寒さと熱で震えてもいた。五郎じいさんは食ってくれないならせめて寒さだけでもやわらげてやりたい。と家から古くなった毛布を持ってきてたぬきにかけてやった。
「あったかくしないと。凍え死んでしまうからな」
独り言のように五郎じいさんはつぶやき、独り言のように、
「もう何にも言わんよ。今は体を治すことだけ考えてくれ。それがわしの願いじゃ」
とつぶやいた。
 五郎じいさんは自分の子供のように接し続けた。何日も何日も、いつしか熱は下がっていた。
 

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