小説

『三人の鶴』片瀬智子(『鶴の恩返し』)

「三人揃ったら、話したいことがあるの」
 バリスタは言い含む。秘書は少し怯んだ。
「え、嘘でしょ。結婚とか? ……まさかね」
 バリスタは、秘書に心の声が漏れてると言って笑った。熱い紅茶のリラックス効果は抜群だった。
 落ち着いたところで、突然秘書がどう思う?とどうでもいい謎を投げかけてきた。二人はこのような謎かけを、高校時代から度々している。
「鶴の恩返しの機織りで使われた部屋は、密室か否か」
「まさにどうでもいいけど、時間潰しってことね。うーん、物理的には密室とは言いがたいけど、決して見ないで下さいと言った時点で心理的には密室かな」
 バリスタはゆっくり考える。扉が障子だとしたら、穴を開けるなんて人差し指で一瞬だ。密室と定義するにはゆるい。
「相手の理解あっての密室だよね」
 バリスタは言った。大した鍵が付いてるわけでもないだろう。入ろうと思えばいつでも入ることが出来る。そんな部屋を密室と言うには、どちらかと言えば相手の気持ち次第という事のほうが大きいと思った。
「じゃあ、鶴の恩返しの基になった実話があるとしたら、どんな話になると思う」
 秘書は楽しそうに話を振ってくる。
「基になった実話ね……。きっと基はシンプルなものだと思うけど。後に面白おかしく尾ひれを付け足しただけで。例えば、鶴のように美しい女性が雪道で死にかけていたところを男性に助けられて、お礼に貧しい男性のために織物を織ってご恩返しをしたみたいな、普通?」
「そうね、でも織機を持ち込むなんて考えにくいし、そもそも絶対に覗かないで下さいなんて言わないわよね。それを考えると、もっと違うことで恩返しをしたと思うの」
 秘書は真顔で言った。バリスタはマジでどうでもいいとまた思ったが、この推理ごっこはとても懐かしかった。たわいもない話を突き詰めて考えていくことで、腑に落ちるとこまで持って行く。秘書が楽しそうだったので、バリスタはもう少し付き合うことにした。
 

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