小説

『三人の鶴』片瀬智子(『鶴の恩返し』)

「もしかして、もっと慈愛に満ちた理由なんじゃないのかな。……子供。青年ではなく、男の子だった。両親もいないひとりぼっちの男の子。昔ならそんな野良の子犬みたいな子供がいたっておかしくないわよね。雪深い村で身寄りもなく、一人で生きていた。ある日、男の子は倒れている女性を見つけて助ける。そして、そのまま一緒に暮らし出す。子供だから、夜は早くに眠ってしまうでしょ。女性は子供と血の繋がりはないけど、同情から母の愛みたいなものに変化していった。貧しさの中、その子にご飯を食べさせてあげたくて……が理由」
 バリスタはそこまで言って、終了という空気を作った。秘書は、口元に笑みを浮かべてさりげなく言った。
「あなたがそんなこと思い付くなんてね。赤ちゃんでも出来た?」
 秘書はバリスタを見つめた。バリスタは思わず、噴き出した。
「今までの流れはもしかして誘導尋問だったの?」
 秘書も笑い出した。
「まさか。今、思いついただけ」
 バリスタは紅茶に砂糖を足しながら、ふいに軽やかに言った。
「旦那さんと小学生の子供が出来たの。先月」
 秘書だけ一瞬、時が止まった。そして、おめでとうと言ってもなお、驚き続けた。バリスタは少し照れながら、優しい人だよと言った。仕事も時間を短くしただけで続けてる、生活は今のところ、そんなに変わってないからと。
「旦那さんの連れ子は二年生の女の子。なんか親戚の子供みたいな感じかな。思ったより、楽しいよ」
 そよ風のような空気感を漂わせるバリスタに気負いは少しも見られなかった。どこまでも自然体だった。秘書は温かい気持ちになり、心から嬉しいと思えた。
 

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