小説

『マンモスだったお母さんと魔法使いになりたかったお父さんと小学生のあたしの幸せな時間』山本プーリー(『花咲かじいさん』)

 力が抜けてしまった。とにかく、家に入ろう。ドアにかぎはかかっていなかった。テーブルの上には紅茶とクッキーが置いてあった。おかしなことに紅茶はまだあったかくて、クッキーも食べかけじゃなかった。何か月も前のテーブルの上のものがそのまま残っていたっていうの? 紅茶とクッキーに手を伸ばそうとした時、音が聞こえたんだよ。ギーコ、ギーコ。お父さんの自転車だ! 戻ってきたんだ。あたしは外にとびだした。
 お父さんがやってくる。帰って来るよ。びっくりしたのは自転車の後ろにお母さんが乗っていたことだった。その時、自分が小学生の姿をしているのに気がついた。やっと元のあたしに戻ったんだ。そして、自転車でこっちに近づいてくるのはね、いつものお父さんとお母さんだったんだよ。自転車がうちの前で止まった。
「ただいまー」
 お母さんがのんびりした声で言った。いつものお母さんがそこにいた。
「おなかがすいちゃったよー」
 あたしが言ったら、お父さんがポーンと胸をたたいた。
「ぼくがごはんを作るよ。魔法のレシピを手に入れたからね。食べたら、マンモスに変身しちゃうようなびっくり料理」
 冗談を言ってるの? それとも、真面目な話なんだろうか? 
お父さんが台所で食事の準備をしている間に、お母さんに聞いてみた。
「ねえ、ふたりはどこで知り合ったの?」
 そしたら、お母さんがこう答えたんだよ。
「秘密の公園。砂に埋もれていたわたしをお父さんが掘り出してくれたのよ。お父さんは桜の枯れ枝にあっという間に花を咲かせて見せてくれた。満開の桜の下で、あたしたちはお話したの。それが最初」
 お母さんは思い出し笑いをしている。やーね。お母さんったら。でも、まあ、いいか。あたしはマンモスだったお母さんと魔法使いになりたかったお父さんの娘なんだ。今は幸せ。でも、これからどう変わっていくんだろう。体に流れている血はあたしをどう変えていくんだろう。どう変身していくの? お父さんが作ってくれたほかほかの料理を食べながら、そんなことを考えていたんだよ、あたし。

 

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