小説

『マンモスだったお母さんと魔法使いになりたかったお父さんと小学生のあたしの幸せな時間』山本プーリー(『花咲かじいさん』)

 音がした。ギーコ、ギーコ。上の方から聞こえる。だんだん記憶が戻ってきた。人間に襲われて、崖から落ちて、雪の中に埋もれてしまったんだ。近くに恐ろしい人間がいるかもしれない。やっとのことで、鼻を持ち上げた。すると、声が聞こえたんだよ。
「ねえ、だいじょうぶ?」
 頭の上で、ごそごそ何か始めた。雪を掘っているんだって思ったんだけど、違った。まわりにあるのは砂だった。雪がとけて、砂が残ったのかもしれない。上にいる人は砂を掘り起こしているんだ。鼻がすぽっと抜けた。鼻の穴に詰まった砂を吹き飛ばすと、思いっきり息を吸った。
「待ってて。今、掘り出してあげるから」
 男の人はすごい働きをしたらしい。体を押さえつけていた砂がかき出されていく。体が地上の空気に触れた。頭が地面の上に出る時、どきどきした。ヤリで突き刺されちゃうんじゃないだろうか? でも、そういうことは起こらなかった。
 薄明りの中、やせっぽちの若い男の人が倒れていた。あたしが砂からとびだした勢いで、すっとばされてしまったんだ。この人、見たことがある。お父さんに似ている……。でも、すごく若い。黒っぽい制服を着ている。高校生みたい。においが鼻にとびこんできた。なつかしいお父さんのにおい。マンモスになった娘のあたしを「高校生のお父さん」が助け出してくれたっていうこと? その人が目を覚まして、にこっと笑った。
 あたしたちがいるのは夕方の公園だった。その隅にある砂場からあたしは出てきた。こんな小さな砂の入れ物の中に、マンモスの体が隠れていたなんて、信じられない。砂場はあの雪の吹きだまりにつながっていたんだろうか。
 ベンチにすわって、話をしたんだよ。あたしの巨大なお尻はベンチからはみでちゃったけど、やせっぽちのお父さんは端っこにちょこんと腰かけていた。
「ぼくは魔法使いになりたいの。でも、とっても難しいんだよ。才能がないらしい」
「魔法使いって、何をするの?」
 あたしが聞くと、答えてくれた。
「枯れ木に花を咲かせるの。木を燃やした後の灰をまいて」
 あたしは公園を見回した。古い桜の木がたくさん植わっている。花はもちろん、葉っぱもついていない裸の木。
「面白そう。やってみて」 
「たぶん、だめだと思うけど……」
 お父さんは自信がなさそうな顔で、かばんから袋を取り出した。中には灰が入っていた。
 手で灰をつかんでまきちらす。でも、白い粉は空中を漂ってから、地面に落ちた。
「ほらね、やっぱりだめだ。才能がないから……」
 それを聞いて、あたしはカッとしたんだよ。
「思い切ってやって! あたしが手伝うから」
 そういった瞬間、お父さんの胴体に鼻をまきつけていたんだよ。鼻をぐいぐい突き出して、桜の木のてっぺんのあたりまで持ち上げた。
「そこから灰をまいて! 思いっきり!」
 お父さんはちょっと青い顔をしていたけれど、灰をつかんで、腕を振り回した。
「もっとやって。もっとまいて!」
 あたしが叫ぶ。お父さんが腕を振って、灰をまき散らす。そしたら、枝に小さなつぼみができ始めたんだよ。ポツポツポツ。つぼみがふくらみ始める。大きくなって、ぱっと開いた。次々に開いていく。あっという間に、枯れたような裸の木がピンク色に染まった。満開の桜。あたしはノシノシ歩き回りながら、お父さんの体を振りまわした。お父さんが横になったり、逆さになったりしながら、手につかんだ灰を木から木に次々と振りかけていった。公園中がピンクのベールに包まれた。かすかに香りも漂ったりして……。それを見て、あたしはうっとりしていたんだよ。

*        *

 

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