寝起きは最悪だった。化粧も落とさず寝たものだから、顔はばりばりに乾燥していた。目がかゆい。
友莉は鏡を見た。涙ですっかり化粧が崩れた顔は、見られたものではない。
「ばーか」
鏡の中の友莉が言った。
それをきれいさっぱり落として、素顔の上からメイクを施した。
いつもより念入りに、アイラインを引いた。
遅刻寸前の電車で会社に行った。いつも通りの電車で行けば、朝帰りの翼さんに会ってしまうからだ。
更衣室に入ると、すでに着替えおわった菊田さんの姿はなく、代わりに、いつものおしゃべりに花が咲いていた。
「本当暗いし、協調性ないよね」
「ああは、なりたくないです」
「葵ちゃんは、大丈夫だよー。気が利くし、可愛いし。あっ、おはよう」
友莉に気が付いた葉野さんが小さく手を挙げた。その手が手招きをしているようだった。友莉は血が逆流して、目の前の風景が歪んだように感じた。
「今日はさぁ、ランチどうしよっ」
「…いない人のこと、陰でこそこそ言うの止めた方がいいんじゃないですか?」
二人ともぽかんとした顔で、友莉を見た。
友莉は自分のロッカーに向き直り、黙々と着替えた。
十二時になった。ランチには、誘われなかった。友莉は、そっと会社の外に出た。
コンビニ弁当を食べるのは、かなり久しぶりだ。
会社の裏の公園のベンチに座った。このところ風が冷たくなってきたせいか、公園にいくつかあるベンチには空っぽだった。
風が吹き、友莉は思わず身震いした。頭を冷やすにはこれくらいがいい。
「珍しいじゃん、一人?」
声をかけたのは、翼さんだった。友莉は黙ったまま頷いた。
「じゃあ、デート現場見られたの、内緒にしてくれたよしみに一緒に弁当食べようかな」
翼さんは、友莉の隣に腰かけた。
「それ、お礼になりません」
友莉は、不思議と自然に返事をしていた。昨日の夜は、翼さんに聞きたいことがいっぱいあったはずなのに。
「だな。ほら」
翼さんは、缶コーヒーを友莉に渡した。缶コーヒーから、じんわりとした温かさが指先に広がっていった。