小説

『ユリ』田中りさこ(『ヒナギク』)

「あっ、葉野さんのネイル、きれいですね」
 友莉は、ちらりと葉野さんの様子を見た。
 葉野さんは、まんざらでもない様子で、整えた両手の指先を差し出した。きらきらと光る爪が友莉の前に、十本並んだ。
「友莉ちゃんは、よく気が付くねぇ、やっぱり女は指先から気を遣わないと」
「本当に尊敬します。すてきだなぁ」
 友莉は心の中で、苦笑いした、心にも思ってないことを言う自分に。

 金曜日の夜、込み合った店内に、懐かしい顔を見つけた友莉は自然と笑みを漏らした。
「久しぶりー」
「超久しぶり」
 高校の友人、林 実花だ。黒いロングの髪を右耳の下でゆるく束ねている。
「前髪、失敗して」
 実花は、眉上にまっすぐ切り揃えた前髪を触りながら、歯茎を見せて豪快に笑った。そ
の笑い方は高校時代から変わらない。
「そう? 今、眉上の短め前髪が流行っているみたいだよ」
「ありがとね。友莉は、垢抜けちゃって、都会のOLさんはやっぱ違うね」
「いつも同じこと言う」
「私は金融機関だからさ、服装の規則厳しくて。ネイルも、アクセもだめ」
 実花は、短く切りそろえた爪を見ながら、唇を尖らせた。友莉は、さりげなくこう言った。
「服装といえばさ、高校のとき注意なかった? ほら、高校生らしい服装で、派手な服装はいけないって」
「ああ、あれ? あれは、あの、派手なグループいたじゃん? つけま、カラコン、エクステ、ピアス、化粧がこゆーいイケイケグループ。あれに対しての注意。っーか、卑怯な叱り方だよね。みんなの前で、みんなの責任みたいな言い方」
「そう、なんだ」 
「うちの職場でもさ、茶髪やら、シュシュやら、つけまとか、ちょっと派手な人いてさ、直接注意したらいいのに、わざわざ朝礼で遠回しに言うの。身だしなみに気を付けましょう、だって。気付いてないのは、本人ばかりってね」
 言葉少なになった友莉を、実花が覗き込んだ。
「どうしたの? そんな昔のこと急に」
「あのさ、怒られた日、私が着てたワンピース覚えてる?」
「え、ワンピース着てたっけ? えー、覚えてないなぁ。友莉いつもだいたいジーンズにTシャツじゃなかった?」
 確かに、美花の記憶は正しい。
 

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