小説

『ユリ』田中りさこ(『ヒナギク』)

 明るい葉野さんの声に、友莉は笑顔を作って「おはようございます」と返した。
「今日は、葵ちゃんが見つけてくれたランチ行こう」
 葉野さんがジャケットを脱ぎながら、友莉に話し掛けた。葉野さんと葵ちゃんこと山内 葵は、友莉の先輩社員だ。
 同年代の女子社員、葉野さん、葵ちゃん、友莉の三人で、ランチを共にするのがいつの間にか習慣になっていた。
「サラダ、スープ、デザート付きのパスタランチがなんと、九百円!」
「すごいですね」
「ね、楽しみだねぇ」
 着替えを終えた菊田さんが先に更衣室を出ていった。葉野さんは、一度も菊田さんと目を合わせなかった。
 葉野さんと菊田さんも確か同期だった、と友莉は思い出した。

 仕事終わりの更衣室は、一番話の花が咲く。
「あー、金曜日の夜だ」
 葵ちゃんが伸びをした。すかさず、葉野さんが口を出した。
「何、何、葵ちゃん、デート?」
「嫌だ。私に彼がいないの、一番知ってるの、葉野さんじゃないですかぁ」
 葵ちゃんが唇を尖らせた。葉野さんは、まあまあという風に、葵の肩に手を置いた。
「今日、飲み行く? 友莉ちゃんも、行く?」
 友莉は息を吸い込んで、用意していた台詞を一気に吐き出した。
「私、今日、高校時代の友達と久しぶりに会うんですよ。残念です。次は絶対行きます。誘ってくださいよー」
 友莉は、最大限眉を下げ、残念な顔を作った。
「もちろんだよ」
 一番先に私服に着替えた菊田さんがさっと脇を通り過ぎた。白シャツに灰色のカーディガン、黒ズボンと言ったシンプルな服装だ。
「お疲れさまです。お先に失礼します」
「はーい、お疲れさまー」
 扉が閉まると同時に、葵ちゃんが吹き出した。
「あの、服、ないですよね」
 あの服、というのは、菊田さんが着ていた服だ。
「あれじゃ、おばさん、女捨てるよ。ねぇ?」
 葉野さんは、吐き出すように言った。次は、友莉の番だ。
 

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