小説

『ユリ』田中りさこ(『ヒナギク』)

 部屋が快適な温度になる頃に、更衣室も賑わいを見せはじめる。相変わらず噂話の花が咲く。
 更衣室で着替えていると、友莉の背中から、ニュースが飛び込んできた。
「いずれみんな分かることだろうから、言うけど、翼くんの実家の会社が倒産したんですって」
「えー」
「それが本題じゃなくてね、二人亡くなったのよ。翼くんと菊田さん」
「うそ」
「本当に事故なの? もしかして……」
「きっと菊田さんに、幸せを全部吸い取られたんだよ」
「翼くんも気の毒に。上司に気に入られて、いいとこのお嬢さんとの見合い話もあったってのになぁ」
「本当に、結婚で人生変わるっていうのは、こういうことだね」
 いやな空気だ。噂話の花があちこちでどんどん咲いた。噂話は一気に会社を駆け巡った。
 噂話が好きなのは、なにも女に限ったことじゃない。
 友莉は、その輪には、入らなかった。止めることもしなかった。

 友莉は、帰りに花屋に寄った。
「花束を、これで」
「はい、他に何を入れますか?」
「これだけでいいんです」
 花屋の店員は一瞬きょとんとした顔をしたが、笑顔で「はい、少しお待ちください」と言って、花束作りに取り掛かった。
 友莉は、花束を大事に抱えたまま、アパートに戻った。
 テーブルの上に、花束を置くと、束の上の花が少し崩れた。
 友莉はタンスを開け、ぶらさがる服をかき分け、一番奥にあったヒバリのワンピースに手を伸ばした。
 花を潰さないよう、上からワンピースで包み込み、やさしく抱いて友莉は家を出た。
 

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