「あの、ありがとうございます。…お弁当、手作りですか?」
友莉の横に座り、弁当箱を広げた翼さんに質問して、後悔した。
-菊田さんが作っているに決まっている。自分の分と一緒に…。
「まあね」
翼さんは、照れたのか早口で答えた。その様子がおかしくて、友莉は笑った。友莉の気持ちが短い時間に揺れ動いた。
けれども、振り子のようにその揺れがひとつひとつ言葉を交わすごとに、落ち着いていった。
「あれ、泣けました?」
「ん?」
「昨日の映画、私、見てないんですよ。誰かさんたちのおかげで」
「ごめん。俺さ、寝てたから、よく覚えてないんだよな」
「別にいいですよ。冗談です」
友莉が笑いながら言うと、翼さんはぽつりと言った。
「はあ、よかった」
お弁当をきれいに食べ終わった翼さんは、お腹をさすった。
「あー、腹一杯。あのさ、近々、発表あると思うけど、俺、仕事辞めるよ。あいつも」
「結婚ですか?」
「まあ、そんなような感じ」
「そうですか」
「そう」
翼さんはにこっと歯を見せて笑うと、空になった弁当箱を片手に立ち去った。
友莉はその後ろ姿を見送りながら、生ぬるくなったブラックコーヒーをすすった。
「苦い」
翼さんの言葉通り、しばらくすると、課の前で発表があった。
翼さんが家の事業を継ぐこと、菊田さんと結婚すること。二人とも、会社を退職すること。引き継ぎの関係で、退職するのは、一か月後とのことだった。
友莉を除いて、課中が驚きに包まれていた。
友莉は、葉野さんをちらりと見た。その驚いた顔がわざとらしくて、少し泣きそうに見えたのは、友莉の気のせいかもしれなかった。
あれから、友莉は、葉野さんたちにランチに誘われなくなった。影口を言われているのかもしれないけれど、それが何だ。
気にならないといえば、嘘になる。けれど、人の顔色を伺ったり、言葉に惑わされるのに疲れてしまった。