彼女がこっちを見る。今度の僕はさっきと違う。彼女に顔をしっかりと向けた。そしてもう一度、彼女の目をしっかり見て
「月が綺麗だね」
と言った。
彼女は僕を見ている。不思議とその時は蝉の声も風の音も聞こえなかった。
やがて彼女はニッコリ笑った。そして僕を見ながら
「月が綺麗だね」
と言った。彼女の目尻にしがみついていた涙が、ようやく一粒、頬を伝っていった。
僕は一瞬、この状況を信じる事ができなかった。でも彼女の笑顔を見ているうちに、喜びと照れくささが一緒になって体中を駆け巡った。僕は間の抜けた顔をしていたと思う。その顔の緊張がゆっくり取れていくのが自分でも分かる。安心感も加わって、僕は静かに、長く息をはいた。
「ありがとう」
やっと僕が言うと、彼女は
「こちらこそありがとう。嬉しい」
と言ってくれた。
「俺、高校生になったら、バイトして来年の夏休みにニューヨークに遊びに行く」
と、何を思ったのか突然、僕は宣言した。何様のつもりだと思うが、そこは若気の至りという事で許してほしい。
「うん。待ってる」
ほら、許可が出た。
二人で目が合うと、自然に笑顔になって二人とも下を向いてしまう。するとそこに彼女のちいさな手があった。行くか?完全に調子に乗った僕は、勇気を出して、そっとその手を握った。彼女はちょっとビクッとしたが、僕を見て微笑んでくれる。手を繋いだのは、小学生の時以来だった。
その時、そばの竹林から、ガサガサっと音がした。
僕らはビックリして手を離し、距離を取る。ガサガサという音はどんどんこちらに近づいてくる。僕らは目を見合わせ、そして不安気に竹林を見つめる。
やがて人影が見え隠れし、竹を一本かついだ老人が出てきた。