小説

『彼女との距離』野口武士(『竹取物語』)

「私も」
 と、彼女が言った。どきり、と心臓が動く。
「転校した時から忍君にはいろいろ教えてもらったし」
「まあ、家が隣だからね。先生にもお前がいろいろ教えてやれって言われてたし」
「女の子の相手なんていやだった?」
「イチローと遊ぶ時間が少なくなるのはイヤだったけどさ」
「でも、しばらく毎日来てくれたよね」
「そりゃあ、アコのじいちゃんとばあちゃんには、ちいさい頃からかわいがってもらってたから、恩返し的な?」
 彼女がクスリと笑う。
「おじいちゃん、よく言ってた。忍君、小さい頃から、毎年家の庭のビワが実ると、勝手に入ってきて全部食べちゃうって」
「勝手にじゃないよ。ばあちゃんは、好きなだけ食べな、って言ってくれてたって」
 いつの間にか、僕は彼女の顔を見ながら話をしていた。彼女も笑顔だ。
「それに、アコが来てからはちょっとは遠慮してたんだぜ」
「木に登って私にもいっぱい取ってくれたよね」
「今年も甘くてうまいよ」
「うん。……でも来年からまた、忍君が独り占めできるよ」
 と、彼女が言った。
「そんな……」
 僕は言いかけて、言葉が止まる。彼女の目に涙がたまっているのが見えた。
「羨ましいなあ……」
彼女が遠くを見る。ちょっと顎を上げ気味に、きっと涙がこぼれないように。
僕もそこまでバカじゃないから、ビワを独り占めできるのを羨んでいるわけじゃないのは分かる。
だから彼女を見ていられなくなって、彼女の視線を追う。その視線の先の空に、月が見えた。まだ明るい空に、白い月が遠くに浮かんでいる。そしてその月を見た時、僕の中の気持ちが突然固まった。もうこの時も気持ちは形容しようがない。度胸がない僕だけど、今は彼女に伝える言葉が、目の前にあった。
「月が綺麗だね」
 唐突に僕は言った。月をまっすぐ見ながら。
 

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