小説

『彼女との距離』野口武士(『竹取物語』)

 外国人じゃない、ブロンドじゃない、青い目じゃない、日本語ペラペラ……。
 ほんの短い間だが、限界以上に膨らませていた想像は、ことごとく現実と違っていた。まあ、だいたいそんなモンだ。自分の予想がその通りに進んだ事なんて人生でほとんどない。世の中そんなにうまくいかない。でもだからといって僕がガッカリしたかって?そんな事はなかった。全然なかった。
 何故なら、僕のさもしい妄想とただ一つ、一致していた事があったのだ。
 彼女は、まるでお人形さんのようにかわいかった。

「あら、家具屋のアコちゃん」
 突然声を掛けられ、彼女(と僕)は振り向いた。そこには近所のおばさんがニコニコしながら立っていた。
「あんた、アメリカ行くんだって?寂しくなるねえ」
 と、全くデリカシーのない大声で言う。彼女は微笑んで
「今までお世話になりました」
 とペコリと頭を下げた。僕はオブジェのように、ただそこに突っ立ている事しかできない。手持ち無沙汰の、呼吸するオブジェ。
「アンタかわいいから、すぐ外人の彼氏が出来ちゃうんじゃない?」
 出た。何でこういうテンプレのババアはこういうテンプレの下世話な事しか言えないんだ。中年の女性には毎月市役所から台本が送られてきて、その通りに演じてるんじゃないかと疑いたくなる。
 彼女はハハハ、と笑う。
「忍君、ボヤボヤしてると取られちゃうよ」
おばさんは急にその矛先を僕に向け、してやったりの満足そうな憎たらしい笑顔で、高笑いしながら去って行った。
そして、残された僕と彼女の間に、いいようのない、ある種の緊張した空気が流れた。
 この状況は喜ぶべきなのか?背中を押してくれたのか、それとも無遠慮な一言によって、今までの微妙な僕の駆け引きらしきものが水泡に帰したのか?
少なくともおばさんの一言によって僕はさらにオブジェのように身動きが出来なくなってしまった。横が見られない。初夏の夕暮れ時の西日が、僕の顔に直接当たって熱い。でも顔が熱い理由はそれだけとも思えなかった。
 

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