「引っ越すってホント?」
そう聞くと、彼女はうつむき加減に、弱々しく笑って頷いた。
「父さんと母さんがね、そろそろ、また一緒に暮らそうって」
「そう……」
僕は言葉を続ける事が出来ない。無言で並んで歩き続ける。なるべく、ゆっくり。彼女に気付かれないように、なるべくゆっくり。初夏のなまあたたかい風が吹いて、横の竹林がサーッと音を立てた。
「……いつ?」
やっと僕は、次の質問をする。気の利いた質問ができない自分を情けなく思った。
「夏休みに入ったらすぐ。父さん、思い立ったらすぐ、なんだから」
「どこ?」
「アメリカ」
「アメリカのどこ?」
「ニューヨーク」
「あ、俺知ってるニューヨーク」
彼女はクスッと笑った。
「誰でも知ってるでしょ、ニューヨークは?」
彼女が笑ったのでちょっと嬉しくなったが、ニューヨークのイメージが頭に押し寄せてきて、また言葉が続かなくなった。やっと、
「すげえなあ」
と、とってつけたような感想をひねりだした。
「でも不安」
「何で?」
「だって、こっちに慣れすぎちゃって。何か、忙しなさそうでしょ?」
「……まあね」
そりゃ、こんな田舎と世界一の大都会を比べりゃ誰だってそう思う。スーツを着たビジネスマンの集団が、腕時計を見ながら早足で歩く典型的なビジョンが頭に浮かんだ。
「あと、おじいちゃんとおばあちゃんと別れるのがつらい」
そう言うと彼女はまた俯いた。歩みが自然に遅くなっていく。そうだ、彼女と彼女の祖父母は、もう六年も一緒に暮らしているんだ。それが、ニューヨークだなんて、気軽に会いに行ける距離じゃない。……もちろん僕にとっても。いつもなら、一緒に帰るこの時間が少しでも長くなれ、と考えていたけれど、こんな雰囲気では全く嬉しくなかった。