小説

『夜叉ヶ池』南平野けいこ(『夜叉ヶ池』)

神経のすべてを舌に集中させていた私は、ふと体の奥底から湧いてくる何かに気づいた。それは性欲のようだったが、それだけではない。長い口づけの後、一休みがほしくて若者の胸を両手で少し押しやった私は、自分の両手を見て驚愕した。手の甲が1枚1枚うろこで覆われ始めている。虹色に輝くできたてのうろこはとても美しいものだった。気づけば水中にも関わらず、呼吸も普通にできている。思いっきり水を吸ってみると、新鮮な空気が入った時のように胸が喜びに満たされた。

私の体は、今、変わろうとしている。体の組織のひとつひとつが作り変えられ、大きく成長していく気配がする。目の前の若者は凛々しい龍神の姿に戻っていた。その野生の瞳に深い欲望が灯っているのを確認すると、私の体は熱くなり、変化のスピードが一層速まった。

この快楽ともいえるような変化についていけず、私は目を閉じた。湖は嵐が来たように荒れまくっている。それさえも気持ちいいと感じる自分に、この体も心ももう人ではなくなりつつあることを悟った。

私もまた龍神になるのだ。これから私は山を、村を、下界を見守る龍神として生きていく。父が死に、姉妹が死に、その子どもたちが次々と生まれ死んでいっても、私はここでそれを静かに眺め続けるだろう。そして、夫の龍神とともに何百年何千年とこの美濃国を見守り続けていく。彼の孤独を埋めながら……。

それが私の定めだ。甘んじて受け入れよう。そのかわり、あなたたちもずっと私のことを忘れないでほしい。何千年たっても……。毎年、この池にかんざしを供えてくれることを私はお願いした。もし一度たりとも忘れたりしたら、私はきっとあなたたちを許さない――。

 

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