小説

『琵琶のゆくえ』森江蘭(『耳なし芳一』)

 その琵琶についた染みは、和尚様の血でございます。拙僧は、その撥で、和尚様の喉笛を切り裂きました。不思議なものでございますなぁ。目が見えなくとも、和尚様がどこにいるか、その時は手に取るように分かったのでございます。御堂の天井まで血潮が吹き上がるのも目に見えるようでございました。
 鉄の味が、いたしました。
 どさりと和尚様だったものがくずおれる音が、いたしました。
 生暖かいしぶきが、かかりました。

 
 拙僧が、殺めたのでございます。


 拙僧はもう、その琵琶を奏でることも、平曲を語ることもございませぬ。どうか、その琵琶をお預かりください。

「告白、確かに承りました。この琵琶はお預かりいたします。」
 私は、黒いしみのついた琵琶を丁寧に袱紗に包みなおした。
「そして、芳一さん。こちらの世界で人を殺めてしまった以上、あなたは特別監察下に置かれることとなります。よろしいですね。これからどのような処遇になるかは管理機構の賢衆院十三人法廷で裁きが下されることになろうかと思いますが、人を殺めるという形でのこちらの世界への干渉の罪は、決して小さくはありません。」
 深々と目の前の僧形が頭を下げた。店の外にはすでに賢衆院が派遣した巡邏の姿があった。
 巡邏に手を引かれた男の後姿を見送って、私は改めて袱紗を解き、まるまると膨らんだ琵琶の胴を撫でた。びん、と弦を弾いてみる。いぃぃんという不思議な残響が店内に漂った。
 

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