小説

『琵琶のゆくえ』森江蘭(『耳なし芳一』)

 何せ、あれ以来、平家の方々が私を迎えに来ることはなかったのですから。どんなに心を尽くしても、琵琶の音のひとつひとつに思いを込めても、平家の方々が私のところに来ることはありませなんだ。畢竟、あの方々も拙僧の平曲に満足いかなかったのでございましょう。もしかしたら、あの七日七晩の通し語りの場であれば、また、違ったのかもしませんが。
 拙僧は悔しいのです。あの通し語りを成し遂げていたらと思うと、悔しうてこの盲いた目から涙があふれるのです。平家の方々に語りを差し上げたあの夜。あれは間違いなく、拙僧にとって最高の語りができた夜でした。
できなかったことを追いかけ続けても、どうしようもないのかもしれません。ただ、拙僧はもう、疲れ果ててしまったのでございます。
 卑賤の身の悲しさですなぁ。拙僧は憎むようになってしまったのです。己の境涯を、己の琵琶の腕のなさを。それでも拙僧は、己自身を憎めるほど強い人間ではありませなんだ。
 すべては、あの和尚のせいだ。
 いつからか、拙僧の心には、鬼が棲みはじめました。失った耳に触れるたび、以前よりも聞こえにくくなった周りの音を聞くたびに、ええ、あの和尚への憎しみが募っていったのです。積もり積もった憎しみは、宇治の橋姫もさながらに、拙僧を鬼そのものへと変えていきました。
 ある夜のことでございます。いや、もしかしたら昼のことだったのかもしれませぬ。この盲いた身には、昼も夜も、そう変わりはありませぬゆえ。和尚が、拙僧にぽつり、と呟きました。
 のぅ、芳一や。まこと、よかったのう。あのとき、手前が主を引き留めておらなんだら、主は取殺されておったぞ。よかったのう。
 そのとき、拙僧の中で何かが崩れました。
 和尚は拙僧の希望をむざむざこの耳とともに摘み取っておきながら、それをよかったのうとは何事だ。
 貴様のせいで―
 貴様のせいで、俺は―
 

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