小説

『琵琶のゆくえ』森江蘭(『耳なし芳一』)

 拙僧の平曲語りが現世に生きる人々の心に届かずとも、あの方々の心に響き、毎夜お褒めにあずかるなど、まこと誉れにございました。
 なれど、そう思ったのは拙僧の身の浅はかさにございますなぁ。
 結局、拙僧の語りは、あの方々の魂を鎮めるには、至らなかったのでございましょう。
 いや、本当は至ったのかもしれません。和尚様の邪魔立てなく、七日七晩の語りをやり遂げることができていたら。
 この耳を失った時、拙僧はその思いに囚われました。
 七日七晩語り続け、あの方々を慰撫し鎮めることができていたら。そのときこそ、私の平曲謡は本物になったのではないか。それこそ、鬼神をも涙させるほどの腕前に達することができたのではないか。
 それを、あの和尚が―
 邪魔をした。
 あまつさえ、この耳まであの和尚のせいで―
 奪われた。
 耳を失ってからの拙僧は、ただぼんやりと生き続けるだけの抜け殻でございました。確かに、件の噂のため、拙僧のところにはたくさんの貴顕の方々もおいでになったのは、事実でございます。
 平家の亡霊に平曲語りをし、耳を失った琵琶法師。
 人々は、そんな珍獣を見るために、拙僧のところに来たのでございます。拙僧の平曲語りを聞きに来たのでございます。えぇ、数多の貴顕の方々からたくさんの褒美を頂きました。食うや食わずの生活からは抜け出すことができました。でも、それがなんになりましょう。貧しさは、確かに辛うございますよ。ですが、それよりも辛かったのは拙僧の平曲語りを認めて下さる方など、誰もいなかったということです。
 拙僧は、あの件以来、平曲語りにますますのめりこんでいきました。名人の域になろうと、今度こそあの方々の荒ぶる御霊を鎮めようと、躍起になりました。それこそ、寝食も惜しみ、ひたすらに安徳の帝の墓前で、平家の方々の墓前で語り続けました。七日七晩どころか、三七日ひたすらに。
 それでも、拙僧には自信が持てませなんだ。
 

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