小説

『ネコソーゾクの兄弟』楠本龍一(『長靴を履いた猫』)

「何がしたいのか何が欲しいのか、自分で分かってないんじゃ、課題も持ちようがない。それは現実を見てたというより、どこかで誰かが言った悟りすました答えを自分の答えとして持ってきて、実は頭のどこかで感じていた疑問に蓋をしてたんじゃないのかな。それで平穏無事に暮らせればいいけど、大体そうはいかない。自分を誤魔化してるから受動的に問題が向こうからやってくるだけだよ。猫にだって手の施しようがない。もっと昔だったら、お金持ちにでもして、上手いこと偉い地位にでもつけてやれば、それで幸せってことで解決だったんだろうけど、今じゃ必ずしもそうもいかないしね」
なるほど。何を言われたのか必ずしもはっきりとは分からなかったけど、ボードリヤールには分っていて、俺には分かっていないことがあるようだ。
「ボードリヤールにとっての幸せってなんだい?」
「猫が幸せを感じる条件は、いつの世でも変わらないよ。食べることと、寝ることと、精神が自由でいることだね」
「そうか、それで俺にとっての答えを知ってるかい?」
「残念だけど、それは分からない。本人も知らないことを見つけるなんて無理だ。人間の答えは厄介なことに、それなりにバリエーションがあるからね」
「じゃあ見つけるためにはどうしたらいいと思う?」
「考えることだよ。ちゃんと考えることだ」
「だけどいくら考えたって分からない気がするんだ。これまでだって俺には何も無かったんだから」
「そりゃあ自分の頭だけで考えてちゃだめさ。もうちょっと賢くやって他人の知恵も使わなきゃ」
「他人の知恵を使う?」
ピンとこなくて問いかける。
ボードリヤールはテレビを消した。不意に部屋に静寂が訪れる。猫が続けて口を開いた。
 

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