小説

『ネコソーゾクの兄弟』楠本龍一(『長靴を履いた猫』)

そんなある夜、のどが渇いてお茶を飲もうと冷蔵庫からボトルを取り出し、ソファに座ると向いの椅子にボードリヤールが居た。
「調子はどうだい?」
ボードリヤールがTVで深夜放送のサッカーをぼんやり観ながらこっちに聞く。暗い部屋でTVの光が大猫をチカチカと照らし出していた。
「よくないな。正直に言うともう駄目だと思う」
「そうか」
猫はTV画面から目を離さずにそう言ったきりだった。
「なあ、俺はどうしたらいいと思う? 甘えに聞こえるかもしれないけど、毎日死にそうに絶望するんだ」
ボードリヤールがこちらに向き直る。
「ご主人みたいな状態の人間に『がんばれ』って言うのは良くないらしい」
「言ったっていいんだぞ。このままバイト先の最後の有給も使い果たして、収入が途絶えたらお前だって困るんだから」
「うーん。そういうことじゃないんだけど……それにオレは別に困らないぜ。元々野良猫で食ってたんだし、どうにでも生きていける」
「なあ、俺はどうしたらいいんだ。特に問題ない生活してたはずなのに……無理な夢を追いかけてたわけでもないし、無駄な自分探しをしたわけでもない。現実を見て生きてたんだ」
ボードリヤールは俺の話を聞きながら、自分の肉球を見つめていた。しばらくそうして沈黙があり、音量を絞ったサッカー中継の音が部屋で急に目立ったが、ボードリヤールが重い口を開いた。
 

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