「下の兄貴だって、そろそろ子どもが生まれたら、いつまでこの村でやってけるか分からんね。それに、人間が少なくなったもんだから、山からタヌキやハクビシンが我が物顔で降りて来るようになって、オレら猫も夜は危なくって外も出歩けやしない。知り合いの猫が何匹もやられてるんだ」
「ボードリヤールほどの大猫なら大丈夫だろう」
「おいおい適当なこと言うなよ。流石に野生の奴らには負けるわい。ガッツが違うね、あいつらは」あらかた仕分けが終わった宝物の山の脇に立って振り返ったボードリヤールが、そういうわけで、と俺に言う。「この村は限界なんだよ。猫にとってもさ。それと、ご主人のバッグじゃオレの荷物が入りきらない。押し入れに旅行で使ってたでかいキャリーバッグあったろ? 帰りはあれを使ってくれ」
次の日、東京に降り立った俺とボードリヤールは、折角だから観光がしたいというボードリヤールの希望でその辺をふらついていた。
「なあ、ご主人」
「うん?」
「ブーツ買ってくれよ。東京は人間が多すぎてさ、歩いてると足を踏まれそうだ」
ありがとうございましたー
古着屋を後にする俺の横には自分の足元を見つめて満足そうな表情を浮かべる茶トラの猫が居る。
「うーん。やっぱりブーツは70年代の米軍モノに限るよなあ」
「お前が靴にこだわるなんて知らなかったよ」
ボードリヤールの足元で黒光りしている革の軍用ブーツを見て俺はそう感想を漏らした。中々満足しないこの猫を連れてあちこちの靴屋を巡った挙句ようやく見つけたブーツだ。長靴をはいたボードリヤールは上機嫌で街を歩く。