「父さんのことだから、文字通りに受け取って猫だけやれば俺が一番幸せなんだと思ってこうしたんだろう」
「親切心ゆえにな」ボードリヤールの緑色の目が気だるそうな雰囲気をたたえている。「まあいいや。オレは東京についてくぜ。さらば。我が愛しの座布団よ」勉強机の上に設置された自分専用の座布団を撫でている。
「その座布団くらい、俺のバッグに入れて持ってってやるよ。嫌みな猫だな」
「そりゃどうも」
「俺が馬鹿をしたと思うかい? 貧乏学生のアパートに来ることになってさ」
「うーむ? そうでもないかもよ」
ボードリヤールが起き上がり、うーんと伸びをしながら言う。
「どうして? 田舎に居た方が安泰だろう」
ボードリヤールはスタっと床に降り、勉強机の一番下の引き出しを開ける。一番下の引き出しはこの猫にいつのまにか占領されて、彼の宝物置き場になっていた。ボードリヤールは引き出しに満載の宝物をどんどん床に広げて、これは持ってく、こいつはいいか、と仕分けを始めた。早くも引っ越し準備か。ゴソゴソと仕分けの手を休めずボードリヤールが言う。
「上の兄貴が相続した会社だが、経営が思わしくない。しかも親父さんは役員報酬を受け取らずに会社に貸し付けて内部留保を何とか回してたからな。恐らく通帳の方もそんなに入ってないぜ。上の兄貴はこれからが大変なんだ」
ボードリヤールが宝物の山からとっておきの猫缶を発見し、うひょ、と声を上げる。
「下の兄貴だが」ボードリヤールは一しきり猫缶を愛でた後、それを持って行くものの山に投げ、仕分けに戻って話し続ける。「こっちも中々きつい。というのも、この村の人間は今年にはもう5千人を切ったんだ。近所の小学校が廃校になったの、ご主人だって知ってるだろ?」
「ああ、俺も通った学校だから残念だったけど」