小説

『ネコソーゾクの兄弟』楠本龍一(『長靴を履いた猫』)

俺は何だか納得できなくて気の抜けたような返事しかできなかった。よく出かけてると思ったらボードリヤールはこんなところで油と恩を売ってたのか。それにしても本なんか貰ったって、どうしろっていうんだろう。それも100冊も家に置くとしたら結構なスペースだ。そんな俺の困惑した雰囲気を感じ取ったのか、ボードリヤールが横から声をかけてくる。
「100だよ。ご主人。何でも100ぐらいの数はこなしてみるもんだ。外に出てここまで歩いて来れたんだし、本を100冊読むくらいの元気は戻ってるだろ? 本をとりあえず集中的に100冊も読めば何か見えてくるかもしれないよ。読書好きなんだし、何か行動する手始めには丁度いいと思うね」
そんな馬鹿なと思いながらも、俺には反論するようなやる気が残っていなかったし、そもそも読書はそれなりに好きだったので、ひとまず面白そうなタイトルを100冊選び出した。店主がそれを軽トラックに載せて俺とボードリヤールごとアパートまで運んでくれた。
次の日から俺は一日中、アパートで読書をして過ごすこととなる。大学のテキスト以外で本を読むのは久しぶりだったが、元々好きなことだったので、すぐに病みつきになってページをめくるペースが上がって行く。10冊、20冊と読み進めていくうちに自分が更新され、心が溌剌としてくるような気もした。もっとも寝る頃になるとやはり不安で眠れなくなることも多かったし、現実的な状況は一向に良くならず、就職活動どころか、次のアルバイトすら探していないまま日が過ぎていくので将来は絶望的なのだ。そうした日が続いたある日、読み終わった本を積み重ねて作っていた山に100冊目の本を置くと、山の向こうにボードリヤールが立っていた。
「調子はどうだい?」
「うーん。そうだな。とりあえず就職活動でも再開しようかな」
 

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