「今から出かけられる? 深夜だし、ほとんど誰にも会わずに済むだろうさ」
ボードリヤールと暗い街を歩くと、コートを着ていても寒さが感じられた。ある程度進むと、猫は先に立って、俺がこれまで通ったこともない細い裏道に入っては曲り、入っては曲りを繰り返し、見たこともない古本屋の前で止まった。深夜の暗がりに向けて弱々しい光が店内から投げかけられている。こんな時間に営業してるなんて変わった本屋だ。
「ここの店主と知り合いでさ」ボードリヤールが店を指して言う。「店のネズミを全滅させてやったんだ。きっとご主人にもよくしてくれるよ」そう言ってまたも先に立って店に入って行った。
「何と、ボードリヤール君のご主人かい」薄暗い店の奥にあるカウンターで俺と大猫を出迎えた店主は、猫から紹介された俺を見て目を細めた。どうやらかなり近眼らしい。「事情は分かったよ。何と言ってもボードリヤール君はこの店の恩人というか恩猫だからなあ。そのご主人が大変とあっちゃ、こっちとしても協力しないわけにはいかない。どれでもいい、うちの本を100冊譲るよ。遠慮しなくていい」
店主が広げた腕に釣られるように見回すと、細長い店内の壁は全て天井まで届く本棚で隠れており、どの棚もぎっしりと本が詰まっている。さらに床のそこここに大小様々なサイズの本がうずたかく積まれている。このままいけばこの店の空間という空間は全て本で埋め尽くされ、店主も外に出て来られなくなるのではないだろうか。
「はあ」