見覚えのある光景に、俺の遠い記憶が呼び覚まされる。
パン屋の兄ちゃんが俺に気づいて声をかけてくれる。兄ちゃんは俺を隣りに座らせると、おでんをおごってくれた。
涙を拭いながら無心におでんを食べる俺を、兄ちゃんは優しく微笑みながら見守ってくれている。
小学生の俺は全く気づいていなかったが、あの時のパン屋の兄ちゃんがこんなに優しい目で俺のことを見守っていてくれたなんて。俺は胸の中が温かくなるのを感じた。
「どや、悪いことばかりじゃないやろ？ ほな、次行くで」
今度は高校のグラウンドが映し出された。高校生の俺がトラックを走っている。
高校時代、俺は陸上部に所属し、短距離が得意だった。俺の走りを見ながら顧問の先生が歓声を上げている。体育大学を出立ての若い先生だ。
走り終えた俺の肩に両手を置いた先生は、心からの笑顔を俺に向けてくれている。その澄んだ目には一点の曇りもない。
だが、高校生の俺は少しひねたような表情で目をそらしている。
高校時代の俺は社会や大人に対して強い反発心を持っていた。先生に対しても素直になれずにいた。隠れてタバコを吸ったり、友達と酒を飲んだりしていたっけ。それなのに、先生は俺のことを心から信頼してくれていたのだ。
「どや、視点をちょっと変えるだけで、ものの見え方が全然変わってくるやろ。今まで見えてなかったものが見えてくるやろ。つまり、どこに焦点を当てるかってことや」
少年の聖霊の言う通りだ。俺はこれまでたくさんの大切なものを見落としていたのかもしれない。
「悪いことにばかりに焦点を当ててそれを増幅するから視野が狭くなってしまうんや。過去の出来事は変えることはできへんけど、視点を変えることで解釈はいくらでも変えられるってことやな」
俺は何だか胸が熱くなってきた。
「人間はサーカスの象とは違うんやで。いつまでも子供の頃の思い込みに縛られる必要なんてないんや」
焦点の当て方しだいで過去の解釈は変えることができる。過去の呪縛を解き放てば現在の自分を変えることができる。その現在の自分が未来を創る、ということか。
「おっと、もう時間や。ええか、どこに焦点を当てるかやで。迷ったり、頭に血が上った時は深呼吸するんや。冷静になれば視野が広くなるからな。ほな、がんばりや」
その声を最後に少年の聖霊は消えてしまった。
俺はまた一人闇の中に取り残された。