「そうそう、もう一回や。どや、気分は落ち着いたか?」
「まぁ、少しは」
そうは言ったものの、釈然としない思いは残っている。
「人間、頭に血が上ると視野が狭くなるもんや。呼吸も浅くなって脳も酸素不足になる。パニック状態ってやつやな。そんな時は呼吸に意識を向けて深呼吸をするんや。すると、気持が落ち着いて、物事を冷静に見られるようになる」
「はぁ・・・」
「わいかて何もおっちゃんのことが憎うてやってるんやない。誰だって人前で恥をかかされたり、笑い者にされたり、自分が大切に思っているものを否定されたら、傷付きもするし、落ち込むもんや」
少し気持ちが落ち着いた俺は次の言葉を待った。
「人によってはそれが心の傷となって、性格まで変わってしまうことだってある」
確かに俺は子供の頃から、目立つことをすると人から何を言われるかわからない、自分が好きなものを人から否定されることが怖い、そう思って他人に対して心を開くことが苦手だった。その根っこは子供の頃のこんな体験にあったのかもしれない。
少年の聖霊はさらに続けた。
「人間というやつは、マイナスの出来事に対して敏感に反応するもんなんや。それは身を守るための防衛本能によるもんやから無理もないんやけどな」
聖霊とは言え、子供に諭されるのは妙な気分だ。
「自分、サーカスの象知っとるやろ」
「サーカスの象?」
「そや。サーカスの象は小さな木の杭に繋がれても、おとなしくしてるやろ。象の力だったら簡単に引き抜けるのに、抜こうとしない。何でか分かるか?」
「そりゃあ、小さい頃から仕込まれてるからだろう」
「そうや。だけど、杭が抜けないと思っているのはただの思い込みや。子象の頃、繋がれた杭をいくら抜こうとして抜けず、結局諦めてしまったからや。大人の象になっても、杭は抜けないもんだと思い込んでるだけや。自分も同じやで」
「俺も同じ?」
「そうや、子供の頃の思い込みに縛られてるってことや」
少年の聖霊がそう言うと、今度はまた別の情景が映し出された。
夕暮れの道を、小学生の俺が泣きながら歩いている。ケンカをしたのか、いじめられたのだろうか?
道端におでんの屋台が出ている。その屋台では近所のパン屋の兄ちゃんが一杯やっている。